ツ津森H句

March 3131997

 聲なくて花のこずえの高わらひ

                           野々口立圃

の句は桜を詠んだものであろうが、むしろ泰山木や朴木が高い枝に大きな花を咲かせている姿を見ると、この詩がぴったりする。樹木は、花を人間のためなどではなく、はるか天上を向いて咲かせている。世界は人間が中心ではないという樹木の主張を感じる。根が地下に張り、枝が天空に伸びるために、樹木を地と天をつなぐ宇宙軸とみなす考えが古くからあるが、無限に拡がる大空を背景に、色とりどりの花を咲かせることを許された樹木の存在は、人間にとって憧れでさえある。(板津森秋)

[編者註]野々口立圃(ののぐち・りゅうほ)は、十七世紀の京の商人。貞徳門。他に「天も花に酔へるか雲の乱れ足」など。


April 0541997

 菫程な小さき人に生れたし

                           夏目漱石

見る乙女や心優しきご婦人が詠んだ句ではなく、髭をはやした漱石の句である。小さき者の愛らしさ、美しさは、人の心ををなごませてくれるが、漱石は、日本に「ガリバ旅行記」を本格的に紹介した人でもある。つまり、童話ではなく、堕落した人間の本質を抉る風刺小説であることを説いた。著者のスイフトも、「人類という動物」を激しく嫌いながらも、そのメンバーである一人一人の人間は大好きだといっている。人間を辱めたつもりの小説が、著者の意図に反して童話として読まれてしまう理由が、このあたりにある。(板津森秋)


April 1541997

 がうがうと欅芽ぶけり風の中

                           石田波郷

(けやき)の大木が、あちらこちらで芽吹き始めている。大木になるために、小さな家の庭は勿論、小さな公園でも、又街路樹としても余り歓迎されない。「困」るという字には、元々、屋敷「□」の「木」が大きくなって「困」るという意味があるようである。狭い土地を更に分割して庇を寄せあって暮らしている人間を尻目に超然と、欅は、今年も、風を相手に蘇ってきている。(板津森秋)


April 2741997

 チューリップ散って一茎天を指す

                           貞弘 衛

稚園や小学校の校庭の花壇に並び、子ども達と一緒に遊んだチューリップもそろそろ散り始める。愛らしく影ひとつない明るさが、学び始める子どもの心に溶け込む花だが、散ってしまえば誰も振り向かない。さびしく茎だけが天を指している。子ども達が何十年も後に知る心境である。(板津森秋)




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